切除困難な犬の肥満細胞腫グレードⅡへのイマチニブの効果
11歳の柴犬 オス(去勢済み)
3年前に左眼の結膜炎に気付いた。左眼外眼角の結膜は充血し腫脹していた。抗生物質とステロイドの合剤である眼軟膏の塗布で改善傾向が見られた。その後も時々同部位が腫れることがあり、同様に眼軟膏の塗布で改善していた。
発見から約1年が過ぎたころにはしこりはφ0.7cm大で、眼軟膏を付けても縮小しなくなっていた。時々引っ掻いて出血することもあり、外科切除をすることにした。
術後の経過は良好であったが、病理検査結果は肥満細胞腫グレードⅡであった。検査結果のコメントを見ると悪性度が強くグレードⅢに近いと記載されていた。
犬の肥満細胞腫はすべて悪性であるが、悪性度(グレード)がⅠ~Ⅲに分類されている。比較的悪性度の低いグレードⅠでは外科切除により完治する可能性もあるが、グレードⅡでは再発率は44%。4年生存率は45%と報告されている。グレードⅢに近い本例では予後は更に悪い事が予想された。
術後2週間目に抜糸をした。創はきれいに癒合していたが、残存する腫瘍細胞から早期に再発してくることが予想された。眼球摘出を含む拡大切除も選択肢としてお勧めしたが、希望により術後の補助的化学療法を行うこととした。
術後4週目には術創部は分からないほどに落ち着き、再発も認めなかった。
犬の肥満細胞腫で標準的なビンブラスチンとプレドニゾロンによる化学療法を6カ月間行った。
治療中は再発を認めず、問題となる様な副作用も起こらなかった。
術後8カ月半で同じ部位に局所再発を認める。腫瘤は眼結膜だけでなく外眼角皮膚面にも存在していた。
再びステロイドの眼軟膏を使用したが増大傾向が認められ、手術から1年経った時点で分子標的療法を試すこととした。
一部の肥満細胞腫においてc-KIT遺伝子に変異が認められる。変異の認められる肥満細胞腫に対して分子標的薬であるイマチニブが効果を示す。遺伝子の変異が認められる割合はグレード(悪性度)が増すほど高く、今回はグレードⅢに近いグレードⅡということで期待が持てた。
分子標的薬であるイマチニブの治療を開始し、1週後には目やにが軽減し、2週後には肥満細胞腫の縮小を認めた。分子標的療法開始より1ヶ月後にはしこりは分からない程度に縮小した。その間に嘔吐などの副作用はなく血液検査での変化も認めなかった。
その後イマチニブの投与を1日おきとして継続した。分子標的療法開始5カ月目にはイマチニブの投与を3日に一度とした。しこりを発見してから3年、肥満細胞腫切除手術後1年9カ月、分子標的療法開始より9カ月現在、一般状態良好で肥満細胞腫は肉眼上確認しない。現在も4日に一度イマチニブの投与を継続している。
切除困難な広範囲の肥満細胞腫や、今まで長期維持が困難であったグレードⅡやⅢの肥満細胞腫でも分子標的薬により制御できる可能性がある。
分子標的療法は次世代の化学療法として人でも期待されている治療であり、犬では現在のところ肥満細胞腫、GISTなどでのイマチニブの効果が報告されている。
細胞の腫瘍化、増殖には分子レベルでの遺伝子異常が関連している。分子標的療法は変異を起こした分子をターゲットに作用する薬であるために、従来の抗がん剤に比べ効果が高く副作用が少ないのが特徴である。しかし、特定部位に変異が起こってない腫瘍には効果はなく、薬の値段が高い事が難点である。
本日、ワクチン接種に来院しました。調子良好です。